大相撲5月(夏)場所で新十両に昇進した力士に、高田川部屋の白鷹山(はくようざん)がいます。

土俵上ではめがねをしていませんが、普段はめがね姿のお相撲さんです。

めがねをかけた顔がとっても優しい印象で、ほんわかとした雰囲気が良い!ということで注目されているお相撲さんです。

この白鷹山、昨年(2017年)の名古屋場所で注目の力士としても紹介したことがありますが、病気とケガに悩まされ続けてやっと十両に昇進してきました。

ほんわかした顔からは想像できないほどの苦労をしてきたようです。

ということで、今回は白鷹山について調べてみました(^^♪

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白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)

出典:https://twitter.com/sumokyokai

本名齋藤 亨将(りょうすけ)
生年月日1995年4月13日(23歳)
出身地山形県西置賜郡白鷹町
出身校白鷹町立西中学校
身長・体重185cm、165kg
所属部屋高田川部屋
2018年5月場所番付十両11枚目

プロフィール

小さいころからよく食べる子供だったそうで、初めて覚えた言葉が「もう一個」だったとか・・・。

よく食べたせいか、中学3年生の時にはすでに身長180cm、体重100kgという体格になっていたそうです。

たぶん、小学生の時にも体格が大きすぎてランドセルを背負っている姿が全然似合わないような小学生だったのでしょうね。

小学校の時は柔道と野球に、中学になってバスケットボールと砲丸投げを始めます。

砲丸投げは、お父さんが同じ山形出身で現在の佐渡ヶ嶽親方(元関脇:琴の若)と中学時代に競い合ったということがあって白鷹山も始めたそうです。

体格に恵まれていたこともあって、中学3年生の時には山形県中学校総合体育大会で13.38mで優勝(大会新記録!)し、ジュニアオリンピック陸上競技大会にも出場しています。

高校に進学後は柔道を続けて将来は警察官になろうと思っていたそうですが、中学3年生の秋に「お相撲さんになりたい」と言い出したそうです。

お母さんがネットで相撲部屋を検索されて、相撲部屋に連絡したところ、現在の師匠である高田川親方(元関脇:安芸乃島)が来てくれたそうです。

お父さんは約鷹山に砲丸投げのライバルだった佐渡ヶ嶽部屋の力士を負かせてほしいという気持ちをもっておられたようで、お父さんと高田川親方の勧めで入門の運びとなりました。

2011年の3月に中学卒業とともに角界入りします。

最近では中学卒業で入門してくる力士は少なくなってきていますが、白鷹山は珍しく中学卒業と同時に入門しました。

 

下の動画では、角界入りする直前の白鷹山がテレビの取材に応じていますよ♫

(この時期は八百長問題が深刻化していて、大相撲の存続自体が大きな危機にあったのですが・・・)

 

🌸しこ名の由来は?

初土俵の時からしこ名は白鷹山で、このしこ名の由来は、出身地である山形にある「白鷹山(しらたかやま)」(町の名前も白鷹町なんです)と、極端な財政難と政治腐敗で破綻寸前にあった米沢藩を再建した名君の第9代藩主の上杉鷹山(ようざん)にちなんでつけられました。

白鷹山はこのしこ名について、「山形が好きだし、自分は肌も白いし、強そうだし、気に入っています」と話しているそうです。

まさに地元山形の代表のようなしこ名ですね。

🌸角界入り後の成績は?

✤2011年5月 初土俵

✤2011年7月 序の口に昇進

✤2011年9月 序二段に昇進

✤2012年1月 三段目に昇進

✤2012年11月 序の口まで降格(休場していたため)

✤2013年1月 序二段に昇進

✤2013年3月 三段目に昇進

✤2013年11月 幕下に昇進

✤2018年5月 十両に昇進

 

幕下生活が27場所と長く、幕下での成績は108勝81敗でしたが、2011年の5月場所から7年をかけて十両の地位にたどり着きました!

ケガと病気に苦む・・・

ネット検索で「白鷹山」と検索しますと、「病気」という単語が出てきます。

事実、白鷹山は病気とケガに悩まされ続けてきました。

角界入りして1年後の2012年5月場所で右膝前十字靭帯を断裂するという重傷を負ってしまいました・・・。

このため、半年間の休場を余儀なくされ、当然、三段目から序の口にまで陥落してしまいました・・・。

普通だったらここで腐ってしまって稽古が嫌になるのですが、白鷹山はけいこに励み、2013年11月場所で幕下に昇進しました!

ところが・・・

2016年には糖尿病になってしまいました。

180kgあった体重がなんと1ヶ月で135kgにまで落ちてしまったそうです。

一時期は引退も覚悟した白鷹山ですが、一門の兄弟子でベテランの嘉風に愚痴をこぼしたときに「常に今が全盛期と思え!」と言われて奮起し、2018年5月場所に新十両に昇進しました(^^♪

苦労人の嘉風の言葉がなかったら、奮起できなかったかもしれませんので、やはりこういった先輩の一言やアドバイスはありがたいものですね。

新十両に昇進!

2018年3月場所では幕下筆頭の地位で6勝1敗という好成績を収め、5月場所で十両に昇進しました!

 

 

 

地元山形では、新十両誕生は2008年春場所の北勝国(ほくとくに)以来10ぶりということで、お祝いムードで盛り上がっています。

3月末に山形に里帰りした白鷹山は、両親とともに吉村美栄子知事に昇進を報告しました。

県とJA全農山形から、山形のブランド米のつや姫と雪若丸そしてJA全農山形からは化粧まわしも送られたそうですよ(^^♪

両親と白鷹山通信

🌸ご両親は・・・

先日のNHKの相撲中継で、新十両紹介のコーナーに白鷹山が登場しました。

私は、残念ながら見ることができなかったのですが、ここでは白鷹山の家族への思いそしてご両親、特にお母さんの息子に対する愛情がクローズアップされていました。

出典:YouTube

お父さんのお名前は斎藤英人さん(49歳)、お母さんは妙子さん(48歳)。

白鷹山が中学を卒業してすぐに角界入りした際には、とても寂しかったでしょうね。

お母さんの妙子さんは、以前、子供のころから白鷹山の体が大きいので「相撲取りになったらって言っていたら、本当に相撲取りになりました」と笑って話されていたそうです。

中学卒業後すぐに親元を離れて厳しい相撲部屋での生活をスタートしたせいかは分かりませんが、白鷹山は親御さんに対して敬語を使って話しています。

白鷹山がとてもご両親を好きで尊敬しているということを明言しているのです!

普通、息子が親のことを好きだとか尊敬しているなんてなかなか人には言えませんよね・・・。

本人の性格の素直さもあるのでしょうが、きっと、角界入りするまでの15年間、ご両親の愛情をたっぷりと受けたんでしょうね。

特に白鷹山の柔和な顔で言われると、ご両親たちとの関係が本当に良いんだなあとこちらまで、なんかほんわかとしてきます♫

 

 

 

🌸白鷹山通信

お父さんは白鷹山にメールで応援されているようですが、お母さんの妙子さんは白鷹山のことを書いた「白鷹山通信」という新聞を入門直後から作って、近所に配っておられるとか。

息子のことを記事にして配布するなんて、なかなかできないですよ。

お母さんの愛情と応援の賜物ですね!

昨年の九州場所の様子が描かれた白鷹山通信では、白鷹山の近況として、九州巡業の際に大関の高安からみっちりと指導してもらうという貴重な体験をしたことや大分巡業で大分出身の大横綱「双葉山」の像の前で記念写真を撮ってもらったこと等が書かれています。

そしてその最後に、「そういった1コマ1コマが白鷹山を大きく成長させることを願います」と書かれていて、お母さんの愛情がこの言葉に集約されているなあと感じました!

 

 

🌸家族で作った化粧まわし!

十両に昇進すると十両土俵入りがありますので、化粧まわしが必要になります。

化粧まわしの多くは自分で用意するのではなく、後援会とか出身学校等から贈られるものですが、白鷹山が新十両に昇進したときには、なんと家族で作ったものとか!

それも、4年前におばあ様が亡くなられる直前の遺言で家族旅行をした時にデザインしたとか。

ステキなデザインですよね(^^♪

 

中日ごろからは、JA山形から贈られた山形のお米「雪若丸」のロゴが入った化粧まわしになるそうですが。

メガネ姿が可愛いい!ファンの声は?

NHKの相撲中継の「新十両紹介」で、白鷹山の人気がぐ~んとアップしてきたようですよ!

特に白鷹山の話し方がとても良く、好感を持った人が多かったようです。

また、とかく希薄になりがちな家族愛についてもとても感動したという人も。

まずは、眼鏡男子についての印象から・・・。

 

 

白鷹山の人柄についてのツイートも!

 

 

まとめ

今回は、2018年5月場所で新十両になった白鷹山について、「白鷹山は眼鏡男子で可愛い!プロフィールや白鷹山通信と両親も紹介」と題して紹介してきましたが、いかがだったでしょか?

新入幕から7年。

その間、糖尿病という大変な病気にかかったり、足の大ケガをしたりと決して順風満帆な力士生活ではなかった白鷹山ですが、まだ23歳という若さですので、このまま突っ走って行って欲しいですね。

🌸元力士で漫画家の琴剣さんが描いたこの本、面白いですよ~(^_-)-☆

最後までご覧いただき、ありがとうございました。ちょっとだけでもお役に立てればうれしいです(^^♪

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