先日終了したロンドンでの世界陸上2017ですが、日本は、男子4×100mでの銅メダル、男子競歩50kmでの銀・銅メダルに終わりましたね。

期待していた男子100mでは、予選までに日本人選手全員が敗退してしまいました・・・。

ただ、以前は男子100mといえば、外人選手が圧倒的に強く、日本人選手は歯が立たないとまで言われましたが、最近は日本人選手も外国勢と堂々と渡り合うまでに実力をつけてきていますね。

日本人選手にとって100mは、かなりハードルの高い「10秒の壁」とまで言われていましたが、最近では誰がその壁を破るのかは時間の問題となっています。

ケンブリッジ飛鳥選手、桐生祥秀選手、山縣亮太選手、飯塚翔太選手、多田修平選手、サニブラウン・ハキーム選手等、有力な選手の内、誰が9秒台を出すのか注目されていますね。

その中で今回は、山縣亮太選手について紹介していきましょう(^^♪

【追記  9/24】 10秒00の記録を出しました!

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山縣亮太選手

出典:http://www.j-wave.co.jp/blog/news/

読み方やまがた りょうた
生年月日1992年6月10日(25歳)
出身地広島県広島市
出身校慶應大学
身長・体重177cm、70kg
所属セイコー

身長や体重は?

身長は177cmで、体重は70kg。

男子の短距離選手は、100mを平均43~45歩で走り、平均の歩幅は2.2〜2.3mで身長が180cm以上なければこの歩幅で走ることは難しいという理由から、身長180cm台が最も有利と言われています。

しかし、桐生祥秀選手は175cm、65kgですが、日本人選手として9秒台を出すであろうと思われており、身長が180cmないからと言って決して不利にはならないようです。

山縣亮太選手の場合、177cmですが外国人選手と比べても記録的には劣ることはないでしょう。

体重もちょうど良いぐらいではないでしょうか。

経歴や戦績は?

小さい時からスポーツ大好き少年で、小学生の頃はサッカーと野球と陸上をしていたそうです。

小学4年の時に、為末大元選手が所属していた陸上クラブに入り、5年生からは陸上に専念してこの年の全国大会で100mで8位に入賞されています。

このクラブに入ったきっかけは、お兄さんが陸上大会で好成績をとって帰ってきて自慢したのがうらやましかったからだそうですよ♫

🌸高校に入って実力がどんどんと開花していきます・・・!

✤高校1年生の時、大分国体少年B100mで優勝!

✤高校2年生の時、世界ユース陸上競技選手権大会の100mで4位、メドレーリレーで2位!

 

🌸大学は慶応大学に進学!

✤2011年、国体男子100mで、10秒23(追い風1.8m)の日本ジュニア記録(当時)で、3位!

✤2012年、ロンドン・オリンピックに出場。男子100m準決勝で敗退。

男子4×100mでは、第1走をつとめて、4位!

✤2013年、織田記念で2位!(1位は桐生祥秀選手)

関東インカレの100mと200mで優勝!

日本選手権100mで優勝!

世界陸上2013(モスクワ)に出場するも、準決勝で敗退。

東アジア大会男子4×100mで、優勝!

✤2014年、日本インカレ100mで優勝!

アジア大会で、男子4×100mで第一走者となり、2位!

 

🌸社会人になりました(セイコーに入社!)

✤2015年、腰痛等のため、試合には出場せず。

✤2016年、織田記念100mで優勝!

日本選手権100mで2位!

リオ・オリンピック100mで準決勝で敗退。

リオ・オリンピック男子100×4mで、2位!

全日本実業団100mで優勝!

✤2017年

足首の不調で、世界陸上代表となることができませんでした・・・。

 

自己ベストタイムは?

✤100m:10秒03

✤200m:20秒41

【追記 9/24】 9月24日に行われた全日本実業団対抗選手権男子100mで、追い風0.2mの状態で、10秒00の記録を出しました!

2週間前に9秒98を出した桐生選手の場合は追い風1.8mで、データに単純に当てはめると、山県亮太選手の出した10秒00は、桐生選手と同じ追い風1.8mだったら9秒9を切るタイムに換算されるそうです。

一度誰かが新記録を出すと、その記録を破るのは時間の問題ということもありますので、この調子だと山縣亮太選手も9秒台を出すのはもうすぐということになりそうですね。

実家や両親は?

実家は、スポーツ用品専門店「ニシヒロ NISHIHIRO」です。

✤本社:広島市西区南観音8丁目12-20

出典:http://www.sportsnishihiro.com/html/page43.html

✤店舗:広島市西区己斐本町1-9-20

 

創業は、昭和49年(1974年)で、「西広島スポーツ」という名前でした。(この時の代表者は山縣隆芳さんで、たぶん山縣亮太選手のお祖父さんではないでしょうか?)

1999年、有限会社ニシヒロとして設立。この時から代表者はお父さんの山縣浩一さんです。

2015年から、株式会社ニシヒロになりました。

お父さんの山縣浩一さんが代表取締役をされています。

会社のHPには、山縣亮太選手の紹介ページもありますよ(^^♪

(但し、内容はあんまり更新されていないようで、ちょっと古いかな・・・?)

性格は?

山縣亮太選手の特徴といえば、社会人になるまでは専属のコーチやトレーナーがいなかったことです。

コーチやトレーナーがいて、選手の体調を管理したり、フォームを指示したりというのが普通ですが、山縣亮太選手の場合、ずっとこれらの人たちの存在がなかったのです。

自分で考えて行動するというちょっと哲学っぽい感じで、これまで陸上をされてきたそうなんです。

ここから推測すると、非常にまじめで頑固な性格って感じですね。

これ!って思ったらまっすぐに向き合って突き進んでいくっていう感じではないでしょうか?

それと、自分に甘えない性格だと思います。

人に言われて仕方なく行動する人が多いのですが、自分を律して甘えることなく自分が考えたプランに沿ってそれを実行していくというのは半端な考えでは無理でしょう。

かなり精神的に強い人だからこそ、できるのでしょうね。

 

最近は、コーチやトレーナーを付けて練習されているそうですけどね。

趣味は?

趣味がちょっとびっくりなのですが、お料理だそうです。

魚をさばくのもできるんだそうですよ~(^^♪

 

 

栄養面も考えて、やっぱり魚がメインで。

 

🌸おまけの情報

山縣亮太選手の誕生日に合わせて610本限定の腕時計が出ました。

但し、完売です・・・。

でも、9秒台を出すと、5,000万円相当の特性腕時計がセイコーからプレゼントされるとか・・・!

いつになるのでしょうね(^^♪

 

まとめ

今回は、陸上選手の山縣亮太選手について、「山縣亮太の身長・体重や経歴・戦績は?両親や性格・趣味も調査!」と題して紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

2015年と今年の前半は腰痛や足のケガで不調が続きましたが、8月19日に開催された「中国五県対抗」では、予選で参考記録ながら10秒08を出しました!

順調に回復してきているようですね。

 

 

🌸スポーツをする時は、熱中症対策を万全にね(^_-)-☆

最後までご覧いただき、ありがとうございました。ちょっとだけでもお役に立てればうれしいです(^^♪